書評 山水会資料(平成30年11月)
タイトル:「日本人ことはじめ物語」
著者: 米山俊直 (PHP研究所 1990年初版)
評者: 蘆屋の暇爺(松下 鎮)さん

我々の日常生活のなかに存在する事物や習慣がなぜ始まったのか、いつから始まったのか。文化人類学の視点から日本を見た好著である。 日常生活を自分とその周囲という、主体―環境系として認識する、いわゆる生態学的手法を用いている。 ここでは主体たる「ひと」と「こと、もの、こころ」の三つの環境系との間に成り立つ「ひと―ひと」、「ひと―こと」、「ひと―もの」、「ひと―こころ」 の四つの関係式について考えている。人間関係、儀礼の体系、ヒトを取り巻く自然物や人工物のシステム、最後に人を取り巻く精神文化、要するに、日本文化論です。 これまで、学問的厳密さに欠けると、批判されてきた日本文化論への著者の新たな挑戦です。

日本社会、日本人というものを、豊富な例を引用して具体的に把握した説明がなされていて、丹念によむと分かり易く面白い本です。

「ひと―ひと」の人間関係、「ひと―こと」の年中行事や通過儀礼、「ひと―もの」の物質文化は日常生活で見聞するおなじみのものですが、 最後の「ひと―こころ」の章が、いわゆる、日本文化論の核心です。なかでも、「生きがい」論は、日本社会と日本人に将来の進路を示唆する重要なものでしょう。 梅沢忠夫氏の「私の生きがい論」を合わせて読まれることをお勧めします。

挿絵の田主(たぬし)誠氏の版画は日本人の心に潜む心象風景を描いているようで、懐かしさを覚えます。

地味ですが好著です。出版に取り組まれたPHPと後援するパナソニックグループの社会的な視野の広さと識見に敬意を抱きました。

明治以来、日本人は日本を世界のどの国にも負けない近代国家にしようと努力を続け、第二次大戦後は民主的な福祉国家になることを目指して努力してきました。 その成果として高度な消費、福祉社会の実現をほぼ達成できた今日、我々日本人は個人の「生きがい」の目標を失ってしまったようです。梅棹氏は「新しい目的」の必要性を説き、 「実利的な目標」ではなく「代償を期待しない、自分を何かに捧げる生き方、「聖なる行為」が世界から、時代から期待されていると説きます。

有吉佐和子の「恍惚の人」で女主人公が、ぼけ老人の世話のため、タイピストの仕事から老人の看護へ情熱を、 移して精神的な成熟を遂げていく有様をデイビット・プラースは、著書「日本人の生き方」のなかで取り上げています。 先日、NHKの放映でも、無料食堂の話を紹介していました。これらは現代の大衆的「神聖行為」の一例でしょう。 人は八十路に入ると、自分のこれまでの生き方に考えさせられことが多くなります。戦後70年を越えました。日本人も「人生推敲」の時期を迎えたのでしょう。 こんな考え方とゴーンさんとの違いは何故なんでしょうか。人間って不可解です。

2018.12.14
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